東京地方裁判所 平成5年(行ク)7号 判決 1993年3月26日
主文
一 本件申立を却下する。
二 申立費用は申立人らの負担とする。
理由
一 申立の趣旨
1 甲事件
相手方東京都千代田区(以下「千代田区」という。)が平成四年一二月二八日付公布によりした「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」による千代田区立永田町小学校廃校処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。
2 乙事件
(一) 相手方東京都千代田区議会(以下「区議会」という。)が平成四年一二月二五日付決議によりした「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」による千代田区立永田町小学校廃校処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。
(二) 相手方東京都千代田区長(以下「区長」という。)が平成四年一二月二八日付公布によりした「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」による千代田区立永田町小学校廃校処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。
(三) 相手方千代田区教育委員会(以下「区教育委員会」という。)が平成四年一二月二一日にした「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」の決議及び同委員会がした平成五年三月一日付け東京都教育委員会宛東京都千代田区立番町小学校外一三校の廃止届のうち、それぞれ千代田区立永田町小学校廃校に係る部分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。
(四) 相手方区教育委員会が平成五年三月五日付「区立小学校の適正配置に伴う学校の指定について(通知)」でした、申立人らの被保護者である別紙「保護者及び児童並びに就学校目録」記載の各児童の平成五年四月一日以降就学すべき小学校を同目録記載の千代田麹町小学校と指定した処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。
3 丙事件
相手方区教育委員会が平成四年一二月二一日以前にした「東京都千代田区立番町小学校外一三校を平成五年三月一日付けで廃止する。」旨の決議のうち、千代田区立永田町小学校廃校に係る部分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。
二 申立の理由の要旨
1 申立人らは、東京都千代田区立永田町小学校(以下「永田町小学校」という。)に在学する児童の保護者(父母)である。
2 相手方千代田区代表者区長は、平成四年一二月二一日「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」案を区議会に提出し、同月二五日右議案は可決され、新条例(平成四年千代田区条例第三五号、以下「本件条例」という。)は同月二八日相手方区長により公布された。
3 本件条例によれば、永田町小学校は廃止されることとなっており、その制定及び公布により、同小学校の廃校は効力を生じることとなる。学校の廃止は当該学校の児童及び父母の学校利用権等の既得権を消滅させるものであるから、右制定及び公布は行政処分である。
4 相手方区教育委員会は、平成五年三月五日付で、申立人らに対し、その被保護者である児童の同年四月一日以降就学すべき小学校を別紙「保護者及び児童並びに就学校目録」記載の千代田麹町小学校であると指定する旨の「区立小学校の適正配置に伴う学校の指定について(通知)」を発送し、右通知は申立人らに同年三月八日に送達された(但し申立人乙川春子、同丙沢夏子及び丁海二郎については、通知の宛て先は、その夫となっている。)。
5 申立人らは、相手方千代田区に対し、右各行政処分の取消しを求める本案訴訟を平成五年一月二二日及び同年三月一二日当庁に提起し、現に係属中である。
6 本件条例による永田町小学校の廃校は、その手続の点においても、実体の点においても、違法である。
7 相手方区教育委員会は、永田町小学校廃校後、その児童の通学区域が平成五年四月一日以降千代田麹町、千代田番町、千代田の三小学校の通学区域に分割され、永田町小学校で行ってきた帰国子女教育については、平成五年度に千代田富士見小学校を帰国子女教育受入推進地域のセンター校として指定を受けて承継、発展していく計画であることを明らかにしている。右四校は既設校であり、千代田麹町小学校は現在の麹町小学校、千代田番町小学校は現在の番町小学校、千代田小学校は現在の神田小学校に千桜小学校が平成五年四月から統合される小学校、千代田富士見小学校は現在の富士見小学校である。
8 右四校の児童数は、平成四年現在麹町小学校が五七〇名、番町小学校が六六九名、千代田小学校が二〇二名(神田小学校及び千桜小学校の児童数の合計)、富士見小学校が三二九名であり、永田町小学校の児童数二二二名に比べると、麹町小学校及び番町小学校が約三倍の規模であり、富士見小学校は約1.5倍の規模である。
9 麹町小学校は伝統のある進学校で、教育の重点は学科の勉強におかれ、制服があり、黒の筆箱や白の下敷きを揃えるのを強制するなど永田町小学校とは校風に差がある。番町小学校も進学校として定評があるが、児童の個性を重視した教育をしているとはいえない。富士見小学校では国際理解教育実施のために永田町小学校と同様のファミリーの制度をスタートさせているが、一部の保護者から既に反対の声がでている。
10 永田町小学校の廃校によって、本件児童らは、現在同小学校で享受している極めて良好な教育環境を失う。とくに友情理解、隣人理解の教育という理念の下で児童の指導をしてきた教職員、在校期間を通じてその指導を受けてきた児童、これらの児童や教職員に周りから手を差し延べてきた保護者、そしてこれらの者達の継続的な友人関係、師弟関係、信頼協力関係という、有機的に完結した価値ある教育環境が破壊される。永田町小学校の児童はその廃校に伴い、四分割されてそれぞれ既設の小学校へ転校させられるのであり、いずれの小学校へ転校することになったとしても、かなり少数のグループとなってしまう。また、千代田富士見小学校における帰国子女教育の承継について充分に構想が練られておらず、その教育体制が整うはずはない。以上のとおり、永田町小学校を廃校にし、本件児童らを転校させ、本案判決確定までの間右四校に在籍させた場合には、同人らが回復困難な損害を被ることは明らかである。
11 永田町小学校を廃校にした場合相手方らは、関係者と協議せずに校舎を解体して他の建物を建築し、或いは跡地を国、東京都又は民間に処分してしまうおそれが極めて大きく、そのような場合には、仮に申立人らが本案判決で勝訴しても、同校を再現し、存続させることは社会通念上不可能となり、申立人らは、この面においても回復困難な損害を被ることになる。
三 相手方らの申立ての趣旨に対する答弁
主文同旨
四 相手方らの反論
1 区議会のした本件条例の制定行為は、一般的、抽象的な規範の定立行為であり、また、区長がした本件条例の公布行為は、既に成立した右条例を周知するために外部に表示する行為であって右条例の制定行為の付随的なものに過ぎない。申立人らがその子女の義務教育に関して千代田区との間で有している権利ないし法的利益は、千代田区が社会生活上通学可能な範囲内に設置する学校で授業が受けられるというものに過ぎず、永田町小学校という特定の学校で授業を受けるという権利ないし法的利益ではない。千代田区では、本件条例の施行により、永田町小学校が廃止されても、それと同時に新たな小学校が設置される。申立人の児童らは、いずれも、平成五年度から通学すべき学校として新設の千代田麹町小学校が指定され、その旨の通知もされており、今後も従前と変わらない普通教育を享受することができるのであって、永田町小学校の廃止によって申立人らの児童が通学すべき学校が全くなくなるとか、著しく通学が困難になるなどの支障は何も生じない。したがって、本件条例の制定行為及びその公布行為は、申立人らが有する子女に普通教育を受けさせる権利ないし法的利益に何らの影響も与えないから、抗告訴訟の対象とならない。
2 申立人らの主張する区教育委員会の「東京都千代田区立番町小学校外一三校を平成五年三月一日付けで廃止する。」旨の決議、条例制定請求の決議及び小学校の廃止届は、行政機関相互間における内部的意思の決定に過ぎず、行政処分ではない。
3 申立人らが主張するその児童が従前どおり永田町小学校に通学する利益は、法律上保護された権利ないし利益ではないから、申立人らは、本案の訴えについて原告適格を欠くから、本件申立ても不適法である。
4 申立人らの学校指定通知の取消しを求める訴えは、本件条例の施行により、永田町小学校が平成五年三月三一日限り廃校となるため、仮にその訴えに勝訴しても同小学校に就学できないから、訴えの利益を欠く。
5 申立人らについては、永田町小学校廃校に伴い、千代田麹町小学校を就学先として指定したが、これによって通学が困難となるような事情は全くない。また、申立人の児童らのうち帰国子女である者についても、千代田区の学校は全体が帰国子女教育受入推進地域に指定されており、センター校でない千代田麹町小学校においても、帰国子女教育を受けることができるから、同様に就学を困難とする事情は全く存在しない。原告らがあげる無形の利益は、事実上のものに過ぎず、それも新設される小学校に就学することにより補完されうる。
6 申立人らの児童について通学すべき小学校の指定の効力を停止しても、通学すべき小学校がない状態になるだけであり、これによって児童らは小学校の教育を受ける権利を奪われることになる。これは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときに当たる。
7 本件条例には、その手続き、内容において何ら違法はなく、本案は理由がない。
五 理由
1 地方自治法上公立の小学校は、公の施設であって、その設置は、地方公共団体が条例によってするものとされているから(二四四条の二)、その廃止も条例によるべきものとされているものと解される。同法は、条例について、地方公共団体が制定するものとしている(一四条一項)。したがって、区立の小学校の廃校を抗告訴訟の対象となる処分として争うことができるとすれば、その権限を有する者は、特別区であることとなる。
そうすると、永田町小学校の廃校処分につき、区議会、区長及び区教育委員会を相手方とするものは、その権限を有しない者を相手方とするものとして不適法である(区教育委員会に対する申立てについては、申立人主張の決議や廃止届によって、永田町小学校の廃校の効力が生じることのあり得ないことが明らかであるから、この面からしても、不適法である。)。
2 申立人丁海秋子は、平成五年三月二三日に死亡し、その本件申立て手続上の地位はその相続人が承継したが、本件で亡丁海秋子が主張していた利益は、亡同女自身がその子女の保護者として有していた地位に係る一身に専属するものであり、その死亡によってその利益を享受する可能性は失われ、その相続人が承継する余地はなくなったものというべきであるから、その承継人による申立ては、不適法となったものというべきである。
3 処分の効力や執行の停止を求める申請の前提として提起すべき抗告訴訟は、民衆訴訟などとは異なり、原告個人の権利や利益の侵害を予防し或いは回復するための手段としての訴訟であって、いわゆる主観訴訟である。すなわち、行政庁の処分によって、個々人の権利や利益が損なわれたり、奪われたりすることとなる場合において、それが違法な処分であれば、そのような処分によって、自己の権利利益が侵害されることを受忍すべき理由がないので、抗告訴訟においてその処分の取消或いは無効を宣言してもらうことによって、そのような侵害状態を排除すべきであり、それが、抗告訴訟の制度目的である。したがって、抗告訴訟は、これを提起する者の権利や利益などの法律上の地位が、当該処分によって影響を被るものであることを前提としているが、そこでいう、権利や利益などの法律上の地位は、生命、身体やあらゆる財産権、静謐に生活する利益等我が国実定法秩序の下において、争訟によって擁護することが一般に認められているようなものであることが必要であって、未だそのようなものとして高められるに至っていない利益は、その個人にとってはどのような意味を持つものであっても、なお、法律によって保護する迄に至らない主観的或いは情緒的利益に止まるものとして、争訟の対象外であるとされざるを得ない。
児童が法に定められた義務年限の間公の施設としての中学校、小学校において公教育を受ける権利ないし利益は、その児童或いはその保護者にとって、法律上主張することのできる権利ないし利益であることは疑いがないが、それは、その児童が社会通念の上から通学することが可能であり、学校教育法等に法規により要請される限度内の教育を施すことが可能であるような施設において教育を受ける権利ないし利益であるに止まるものと考えられる。実定法上児童及びその保護者に右の範囲を越え、特定の施設や教師等による教育を受けることを保障するような規定はないし、教育委員会が二以上の学校の中から児童を就学させる学校を指定する権限を行使するについて、そのような見地からその権限を拘束するような規定も見当たらない(学校教育法施行令五条二項参照)以上、それ以外の解釈をいれる余地はないというべきである。本件の申立人らの主張のように、児童及びその保護者が、特定の施設において公教育を受けたいという希望を持つことはもとよりあり得ることであるが、そのような機会を持つという児童の利益は、我が国実定法秩序の下においては、未だ争訟によって擁護できるような利益として法律上認知されたものとはいい難いという他はないのである。
4 本件申立人らの児童を含む従前永田町小学校に通学していた児童については、申立人らの主張自体によっても、永田町小学校の廃校に伴って通学すべき小学校として指定されることとなる千代田麹町小学校等の小学校が、社会通念上自宅から通学するのに困難な距離に所在するとか、そこでは学校教育法等の法規により要請される限度内の教育も受けられなくなるということになるものではないことが明らかであるから、相手方千代田区の制定した条例による永田町小学校の廃校は、同小学校に通学していた児童及び保護者については、その公教育を受ける法律上の地位になんら影響を及ぼすものではないこととなる。そうすると、右廃校は、抗告訴訟の対象となる処分に当たらず、その効力の停止を求める余地もないから、同小学校を廃止する条例の効力の停止を求める申立ては不適法である。
5 区教育委員会が本件申立人らの児童についてした通学すべき小学校の指定の効力停止の申立ては、仮にその効力を停止しても、それによって児童らが永田町小学校に通学することが可能になるわけではなく、通学すべき小学校が定まらない状態になるに過ぎないこととなるものであって、これによって、申立人らの主張するような被害が回避できることとなるものではないから、利益のない申立てとして不適法である。
6 よって、本件申立てをいずれも不適法として却下する。
(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 榮春彦 裁判官 長屋文裕)
別紙<省略>